『ブラック・スワン』を見に行った。とても気に入った。見る前に批評はひとつしか読んでいなかった。ル・モンドのThomas Sotinelが書いた記事。ル・モンドの映画批評とは波長の合うほうで、今回の『ブラック・スワン』に対する評価も良かったため、落胆する心配はあまりせずに出掛けた。結果、期待以上に満足した。
ただ、面白いことに、記事に描かれた映画とは全く別のお話を見た気がした。
まず、Sotinel氏の批評記事の題名にはdanseuse schizophrène とあり、文中にはさらにdanseuse folle(狂気のダンサー)とあったので、統合失調症(schizophrénie)の精神病バレリーナのお話なのかと思っていた。何のことはない、ごくマトモな女性のお話だった。
Sotinel氏はまた、film d’horreur (ホラー映画)とも描写している。私は大の怖がりで、少しでもホラーもの、超常現象・幽霊モノを見ると、しばらくはトイレにも行けないし、背後に気配がしてシャンプーすらまともに出来なくなる。臆病すぎて、いわゆるホラー映画は絶対に見に行かない。Xファイルでさえ震え上がるタイプなのだ。
ブラック・スワンは、私にとって、明らかにホラー映画ではない。スリラーでもないかも。鑑賞後も気味の悪さや恐怖感は無く、お風呂で髪も洗えたし、ひとりでトイレにも行けた。
私が見たのは、窮屈な環境にありながらグレもせず「いい子ちゃん」で四半世紀を過ごした普通の女の子の話。その娘が、プリマ役を契機に、(内なる)母を「殺し」、自分をがんじがらめに縛る超自我(=白鳥)と壮絶に闘う。
彼女の内部に渦巻く怒りや葛藤やドロドロや恐怖の激しさを思えば、血、暴力、幻覚、妄想を交えた強烈な映像描写は決して過剰ではない。特殊効果も説得力がありちょうど良い。そして何よりも怯える彼女に芽生えてくる勇気が見て取れて嬉しい。
最後には闘いに勝った自由な開放感が深々と伝わってきて、ラストシーンの主人公と同様、晴れ晴れと爽快な顔で映画館を出た。
Sotinel氏は「ブラック・スワンは純粋に刺激的な映画であって感動を喚起するものではないBlack Swan est un film de pures sensations qui relègue les émotions au second plan.」とまとめているが、私は、スリルよりも感情的に動かされた。
そして、最後の相違点。Sotinel氏は「映画館を出たとたん、歩道上で言い争いを引き起こすような類の映画」としているが、幸い、一緒に鑑賞したオットと公衆の面前で夫婦喧嘩にはならなかった。
私「いい映画だったね。主人公、頭おかしくなかったね。」
答「うん」
Sotinel氏と見に行ったのだったらケンカになっていたのかも知れない。
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役者:ナタリー・ポートマンは最高。「フレンチー」役のヴァンサン・カッセルがどうにも平べったかったのが残念。